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誰がアメリカを動かしているのか

                                   宮 本 倫 好

 かつてアメリカに Eastern Seaboard Establishment という言葉が生きていた。狭義の意味では、東部WASP(アングロサクソン系新教徒)を中心とする支配階級のことであった。しかし、WASPの定義が拡散し、カトリック教徒のケネディ家まで含める専門家が出るようになって、伝統的価値観を身につけた東部支配階級を漠然と指す言葉に変容した。

 金融界、言論界など基幹部門で東部支配階級の力は依然強大だが、一方で60年代頃から徹底的な平等主義の洗礼を浴びたアメリカでは、東部支配階級に対する反発も強くなった。大統領でもニクソン、カーター、レーガンは明らかに反東部であった。

 これに対し、最近の東部エスタブリッシュメントの代表選手はブッシュ大統領だ。ブッシュの父親はイギリス系三世で、その祖先は英国王ヘンリー三世にさかのぼるという。 WASP が本来、人種においても価値観においても宗教においても、イギリスに最も近いことが条件であったとすれば、ブッシュはまさにその毛並みにおいて、WASP 中の WASP であった。エリートへの登竜門の東部プレップ・スクールを卒業後、エール大学では「スカルズ・アンド・ボーンズ」に入会する。社会に出た後助けあう特権階級の互助組織だ。

 92年の大統領選挙で再選を求めたときは、選挙民は彼の出自にむしろネガティブな反応を示した。だからブッシュは、石油事業に成功し最初の政界進出を果たした荒々しいテキサスのイメージを強調した。彼の権力基盤の源泉は、「オールド・マネー」と呼ばれる東部支配階級の資金、人脈と、サンベルトの石油資本を中心とする「ニュー・マネー」であった。しかし選挙民は、むしろ南部片田舎の崩壊家庭出身で、元ヒッピーのようなクリントンが唱える「変化」に、国の将来を賭けた。

 今年の大統領選挙では、やはり「in」が不評で「out」が人気だった。前者はワシントンに巣くう巨大な特権組織であり、後者は地方を中心とし反中央を標榜する人々だ。この「ワシントン」には、東部支配階級というイメージがかなりオーバーラップする。クリントンもドールも「out」を強調した。

 クリントン政権は「法律家とロビイストの政権」だ。最善の教育を受けた中流および中流の上の階級から、知的エリートのトップ人材を全米から集めている。クリントンの政治顧問18人の半数近くはハーバード、エール、スタンフォードの出身であり、ほとんど大学院卒で、なかでも法律関係の学位を持ったものが際立って多い。

 東部は知的な言論のリーダーでもあった。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ウォールストリート・ジャーナルという高級日刊紙に加え、タイム、ニューズウィーク、USニューズ&ワールド・レポートといった高級週刊誌が指導層の世論形成に大きな影響を与えた。これがテレビの登場で複雑化するが、三大ネットワークとも、やはり東部に本拠を置いたという意味で、東部の知的支配は変わらなかった。影響力の大きい三大ネットワークのアンカーもすべて、中年のWASP男性だ。ただしメディアでは、ユダヤ系が総合的に大きな力を持っているという意味で、WASP支配はさらに変容した。

 この言論の東部支配にくさびを打ち込んだのは「テリブル・テッド」と呼ばれたテッド・ターナーである。アトランタに本拠を置くCNNは、湾岸戦争で、編集しない生放送の威力を見せて報道の形態を変え、24時間ニュース報道専門テレビ局として、世界にネットワークを広げている。ターナーは今、一大メディア帝国を建設中だ。

 現在のアメリカでは、さらに何十という多チャンネルのCATVが加わっている。「政治的トーク・ショー」を中心とするラジオの復権も著しい。インターネットを通じて、シンクタンクや議会から自力で情報を集めることも可能だ。となると、アメリカの現在の世論形成は、実にさまざまな複合要因によると見なければならない。

 今年の民主党大会の最中に、クリントン政権の生みの親で、再選戦略の中心人物だった選挙参謀ディック・モリスの失脚が話題になった。モリスは「全米で最も影響力のある市民」としてタイム誌の表紙を飾ったばかり。それが、コールガールにまつわるスキャンダルが表面に出て辞任に追い込まれ、翌週のタイム誌の表紙にまたまた登場した。

 現在のアメリカには、パートタイマーを含めると、35,000人の選挙コンサルタントがいる。今や十億ドルの新産業といわれ、大統領選を始め国会、州議会、地方議会などの選挙から州民投票まで、すべて取り仕切っている。反対派の資金の流れ、家族関係、異性関係などあらゆる情報を収集し、テレビ・コマーシャルの流し方、相手候補のやっつけ方まで、様々な戦略の立案、実施に当たる。換言すれば、アメリカ政治を陰で動かす最も有力な集団だ。

 「複雑な多民族国家であり、世界一の先端情報帝国である現在のアメリカを動かしているのは、一体誰か」というのは、興味をそそられるテーマ設定である。政治学、社会学、情報科学などあらゆる分野からの様々なアプローチがあろう。             

                      (文教大学教授、前日本時事英語学会会長)