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アメリカ民族研究に危険な「思い込み」

                    野村 達朗

  アメリカ合衆国は多様な人種・民族集団からなる国であり、この点で社会の性質が日本とは大きく異なっている。アメリカについて学ぶ際にはこのことについての正確な知識が必要である。ところがアメリカに関する情報が豊富になったにもかかわらず、色々な「誤解」が存在しているから、「思い込み」を避けることを呼びかけたい。以下の3点はアメリカ研究の専門家でさえも、思い込んでしまっていることのある誤解の例である。

佐々木隆他編『100年前のアメリカ』(修学社、1995年)に書いた論文の中で筆者が指摘したことであるが、19世紀末から20世紀初頭に移民流入数が大激増、フロンティアの消滅、土地購入の資力に乏しい「新移民」の都市流入があったことは誰でも知っていよう。ここからアメリカの都市人口に占める外国生まれ人口の比率が急上昇し、アメリカの都市は「移民都市」となり、深刻な「移民問題」が生じたとみる人が多いのではないか。しかしこれは事実に反する。たとえばニューヨーク市の場合、外国生まれの者が市内人口に占める比率は1860年には46%だったのが、1900年には37%にまで下がっており、1910年には上昇しているが、それでも41%どまりだった。ドイツ系やアイルランド系移民の流入により、アメリカの都市は19世紀半ば以降「移民都市」だったのであり、著しい都市化に伴う都市人口の膨張の中で、都市の移民人口の比率はむしろ下がっていった。

また19世紀において都市の多い東部では移民人口の比率が高く、農村的な西部では移民人口の比率が低かったと考えがちであるが、これも誤解である。たとえば1870年、外国生まれの人口は北部大西洋岸諸州では20.5%にたいして、西部では31.6%だった。州別にみると、同年の外国生まれの者の比率はニューヨーク州で26%なのに、アリゾナでは60%、アイダホでは53%、ネヴァタでは44%だったのである。

もう一つの誤解をあげよう。ワスプ(WASP)とは{ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント」の訳語であることは誰でも知っている。アングロ・サクソンとは「イングランド系」を指すが、ワスプの用法はあいまいであり、ウェールズ人、スコットランド人を含めてグレート・ブリティン出身者というように広く用いられるのが普通である。そして一般にワスプは豊かで特権的な位置にある人々と考えられている。

 しかしそのような社会的地位の高いアングロ・サクソン=イギリス系がワスプならば、それで良いのだが、アングロ・サクソン、つまりイギリス系がアメリカで豊かで高い地位と考えるのは大きな間違いである。

 野村『「民族」で読むアメリカ』(講談社現代新書、1992年)で指摘したが、イギリス系に属する多数の人々は非常に貧しく、白人社会の中では底辺に属す。1980年の国勢調査に基づく統計調査によってはっきり分かったのは、イギリス系人口がとくに高い割合を占める諸郡は経済発展から取り残された地域だということであった。大部分の南部諸州の奥地の農村的で発展の遅れた諸郡、アーカンソーのオザーク山地、それにアパラチアの地域などがそれである。

 19世紀の移民の大部分は南部には赴かなかった。黒人奴隷制度があり、南北戦争後も黒人が低廉労働者を構成していたために、彼らと競争するのを避けたのである。そのため南部諸州では植民地時代に定住した植民者たちの子孫、つまりイギリス系の比重が高いのである。経済発展から取り残された南部の諸地域において、少数の富裕なプランター層を除けば、イギリス系の白人は中小農民で貧しく、とくにその一部は「プアア・ホワイト」と呼ばれて極度に貧しかったことを思い出さねばならない。

 このような「誤解」は実に沢山あるのである。「思い込み」を避けて、正確な事実に裏打ちされた真実を追究するという学問的態度がアメリカ研究に求められるのである。       

(アメリカ学会会長)