天理大学

地域文化研究センター

「映像と現実」

研究代表者 大平 陽一

概要

 今日、映像(映画、テレビ、写真、さらにはコンピュータ画面まで)は、単に多々ある文化現象の一つとしては割り切れない重要性を持っていると考えられる。なぜなら、それは今や、生活の様々な場面に出現し、私たちにとっての「現実」の極めて重要な一部分をなしているからだ。映像を通して私たちは世の中に起こっている出来事を知り(例えばテレビニュース、スポーツ番組、コマーシャル等)、映像を通して物事にストーリーやドラマを読み取る(現実のさまざまな出来事を映画ないしテレビドラマ的な枠組みの中で捉える)ことが日常化しており、意識するかしないかにかかわらず、私たちのものの見方や感じ方は映像と深く関わっているのである。この共同研究では、共同研究会およびインターネットを利用した議論の場を通じて、映像の中でもとりわけ多彩な表現が探求されてきた映画に焦点を当てつつ、映像がどのように現実を構成し、場合によっては隠蔽し、また場合によっては我々を現実のより深い層へと開いてゆくのかを検討している。映画研究、文学研究、哲学、文化人類学などさまざまな学問的背景を持つメンバーが共同作業する中で、映像制作そのものでも、作品の印象主義的批評でもなく、また専門化された映画研究の枠組みからも自由な形で、映像のもつ働きを多角的に捉えてゆくことを目指すものである。

期間

2002年4月〜2006年3月

共同研究員

- 大平陽一(おおひら・よういち 天理大学ヨーロッパ・アメリカ学科ロシア語コース)
映画理論、ロシアの視覚文化

- 箭内 匡(やない・ただし 東京大学)
文化人類学、哲学

- 足立ラーベ加代(あだちらーべ・かよ ベルリン・フンボルト大学)
映画研究

- ヌリア・ロペス(バルセロナ大学Ph.D.)
哲学、美学

- 井上春生(いのうえ・はるお 映像作家)

- 前田茂 (まえだ・しげる 京都精華大学)

これまでの活動

ウェブサイト(非公開)での随時の議論のほか、これまで下記の共同研究会を実施した(発表者と論題を記す)。

2002年9月28日
箭内匡
「映像について何を語るか(その1)」

2002年10月12日
箭内匡
「映像について何を語るか(その2)」

2002年11月9日
大平陽一
「知的モンタージュから感覚的思考へ」

2002年12月14日
大平陽一
「スクリーンの境界との闘い」

2003年9月27日
西周成(映画作家、招待講演者) 
“Kismet” 及び “Ritual of White Night” 上映、ディスカッション

2003年9月28日
北岡誠司(奈良女子大学名誉教授、招待講演者)
「物語と映像におけるミザンアビーム」

足立ラーベ加代
「オフ音−ドイツと日本の初期トーキー映画を比較して−」

「映画の中の見えない空間−無声映画と現代映画の共通項を探して−」

2004年2月28日
ヌリア・ロペス
「映画・ユーモア・政治」

2005年9月25日
前田茂(京都精華大学)
「物語映画の倫理」

足立ラーベ加代
「パラドックスとしての映画」

2005年9月26日
箭内匡
「映画・視覚・生」
「ディスカッション」(全員による)

これまでの研究成果と今後の展望

 2002年度の研究会では、主に映像が人々にどのような効果を与えるか、といった点が様々な角度から議論され、2003年度では、ドキュメンタリー映画の実作をめぐる討論や、ストーリー構成上の問題、さらに音声や画面外空間といった映像特有の問題が議論された。それらの議論の一部は、以下の形で論文として発表されている。

 大平陽一「スクリーンと観客」地域文化研究センター紀要『アゴラ』第1号(2003年11月発行)、59〜74頁。

 箭内 匡「映像について何を語るか−ジル・ドゥルーズ『シネマ』をめぐる考察−」同上、75〜134頁。

 箭内 匡「直接性と映画−映画による『所有』の回復−」『アゴラ』第2号(2004年12月発行)、39〜76頁。

 足立ラーベ加代「パラドックスとしての映画」同上、77〜88頁。

 Nuria Lopez, "Un esbozo del 'humor ontologico' en el cine: en torno a Suleiman, Iosseliani y otros directores" 同上、89〜99頁。

2005年度は、これまでの研究成果を取りまとめ、報告書の作成に入っていくことになる。

「映像と現実」共同研究会より(2003年9月27日)

(2005年3月 文責:箭内 匡)
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